| 担当 |
小学男子・女子2年生チーム |
 |
| 出身地 |
埼玉県 |
| 得意なポジション |
サイドバック |
| 利き足 |
右 |
| 最多リフティング回数 |
150回 |
| JYSOコーチ暦 |
四年目 |
| サッカー経歴 |
クラブ活動でサッカーをしていたのは、小学校5年から
高校3年までの8年間になります。そのあとは、地元の社会人リーグでサッカーを続けていました。かれこれ、サッカーを始めて20年以上になります。経歴に
華を添えるような活躍はなく、高校最後の大会で埼玉県32校まで行ったのが最高です。きわめて平凡なサッカー人生ですが、どのチームでも控えに回ることが
なかったのは幸運なことだったと思います。
|
| サッカーを始めたきっかけ、子供の頃の思い出など |
小5の時に、市民サッカー教室に参加したのがきっかけ
でサッカーを始めるようになりました。また、時を同じくして、自分の通う小学校にサッカークラブが設立され、そこの第一期生として入団しました。大会にで
ればいつも大差で負ける弱小チームでしたが、みんなで一つのボールを追いかける楽しさを、そのチームで学び、毎日暗くなるまでサッカーをしていたように記
憶しています。また、それ以降もサッカーを続けていこうと思ったのは、当時ちょうど少年誌に連載が始まった「キャプテン翼」や、当時の唯一のサッカー番組
「三菱ダイヤモンドサッカー」で放映された世界のトッププレーヤーのプレーに影響されたことも付け加えておかなければなりません。
|
| サッカーにまつわる何でも自慢話/失敗談 |
高校最後の大会の県予選リーグ最終戦でPKを献上。し
かし、ディフェンダーながらも、そのあと1ゴール1アシストを決め、本大会に進むことができました。ただ、本大会で強豪チーム(その大会の準優勝校)と一
回戦であたり、いわゆる全国レベルのチームに歯が立たなく(4-0で完敗)、悔しい思いもしました。
|
| 好きな選手 |
ディノ ゾフ(ゴールキーパー 元イタリア代
表)
小学6年のときに少しゴールキーパーをやっていたこともあり、当時、現役最年長キーパー(だったと思います)で、その年齢にもかかわらず、堅い守りで代表
キーパーの座にあったこの選手にあこがれていました。
ピエール リトバルスキー(ミッドフィルダー 元西ドイツ代表)
派手さはないが、堅実なプレーをする西ドイツ代表チームが昔から大好きで、特に、体が小さいながらも、ワールドカップに3回出場した背番号7のリトバルス
キーは一番のお気に入りの選手でした。Jリーグに彼がやってきた時も非常に驚きましたが、ブランメル仙台(現ベガルタ仙台)に在籍していた当時のリトバル
スキーに、仙台の街中で出会ったことはそれ以上の驚きであり、彼をテレビ放送でしか見たことのなかった自分にとって忘れらない、いい思い出となりました。
|
| JYSOのコーチをしていて楽しいと感じるときは? |
子供たちとボールを追いかけている時間そのものを非常
に楽しく感じます。また、失敗しても、「何かやってやろう」と思えるプレーや、うまくできなくても、「努力してうまくなってやろう」という姿勢は、「がん
ばれ!」と応援したくなる気持ちにさせられます。
|
| 選手へのメッセージ |
みなさん、サッカーで楽しいのは、やはりゲームだと思
いますよね。でも、ゲームの中で、「もし、ボールが上手に蹴れなかったら・・・」、「もし、せっかくまわってきたチャンスボールをしっかりコントロールで
きなかったら・・・」、「もし、走れなくなってしまって、途中で交代させられたら・・・」、きっと、サッカーをつまらなく感じてしまうのではないでしょう
か?サッカーの基本は、走る・ボールを蹴る・ボールを止める、この3つにつきると思います。「正確に、自分の思ったところにボールを蹴る」、「もらったパ
スをきちんと止める」、「試合終了まで元気にピッチを走り回る」ことができれば、みなさんの好きなゲームはもっともっと楽しいものになるとは思いません
か?
|